大人になると、今さら人に聞けない悩みが増えるもの。ファッション、メイク、お社交etc……などSENLY読者の悩みを植松晃士がほんのりスパイスの効いた愛情を注いでお答えいたします!
人生の荒波を華麗に乗り越える、“読む処方箋”をあなたに。新年度を迎える春は、いろいろと心がソワソワする日々。新しい出会いがあってもなくても、大人の社交は続きます。
「社交」の在り方も変化する世の中ですが改めて社交の大切さについての心意気を植松さんにレクチャーしていただく「令和の社交のお作法」連続企画の第一弾をお届けます。
【読者のお悩み vol.15】
普段、家庭でも仕事場でもなるべく大きながトラブルがないよう安定第一に過ごしていますが
どこかでまだ、新しい出会いにも期待している自分がいます。
社交が面倒になってきている今、大人の社交術についてアドバイスをお願いしたいです!
社会で人と繋がることの喜びを
感じていた時代を通り過ぎた今、
人間関係を放置していることはない?
10代や20代の頃は仕事やプライべートで、ひとしきり知り合いをいっぱいつくってね。
昭和時代は、まだなんならガラケーも携帯電話もない時代。
SENLY世代は、学生時代にポケベルからという人も多いんじゃない?
そこからガラケー時代に突入して、携帯の友達リストにどれだけ増えるんだろうって。
そのリストが増えれば増えるほど楽しくて嬉しい時期って誰にでもあったじゃないですか。
それが簡単に言うと「社交」なのよ。
誰にでも社交に喜びを感じていた時代というのが絶対にある。
それこそが社交のはじまりだったはずなの。人生の中の。
そこからだんだん無駄なリスト?(笑)
今となってはお付き合いすることもない、あまり関わりがない人だったり、または極端に関わっちゃいけない人。要は自然と関わりがなくなった人、関わっちゃいけない人、関わりたくない人と整理をしたくなってくる。
リストから削除もした人もいるでしょう。ただなんかもう面倒くさくなっちゃって、
削除する労力さえも惜しむお年頃に突入している人もいっぱいいるはずなのよ。
つまり放置ね。人間関係がちょっとした放置プレイになりつつあるの。
だんだん「この人誰だっけ?」となることはない? もしかしてすごくお世話になった人かもしれないし
または、これからお世話になることがあるのかもしれないと思って、もちろんご挨拶はするんだけど……。
でも結局、誰だったのかな? って。(笑)
それはもしかして、自分が覚えようとしていないのかもしれない。

大人になればなるほど
中途半端に人とは付き合えない
社交みたいなものに対して、ちょっと億劫になっていたり、社交はすごく楽しくて喜びも与えてくれるものだけど、その分だけ大変だということを、私たちは知ってしまったじゃない?
大人になればなるほど、中途半端に人と付き合えないという重みも知ってしまっているから、
臆病にもなってきている。それは誰にでも言えることだと思うんです。
ただ皆さんに一度問いたい。自分自身が芸術家で山に籠もって、食器を作ったり、アトリエに籠って絵画を描いたりするアーティストなのか? という話なんです。
アーティストになりたいと、一瞬でも想ったかどうかっていう問題なんですよね。
「うーん。やっぱり人と関わる方がいいなっ」と思って自分がチョイスした人生だということを一つ言っておきたい。仮にアーティストになったとしても、お弟子さんだったり、仕入れ先の業者さんであったり
作品を紹介してくれるキュレーターだったり、画廊や美術館の方とか、そういういろんな人との関わりがあるんですよ。結局、一人で生きていくのは無理なんです。
幸せは
人間関係が繋げてくれる
だから人と関わりたくないと言っていても、全く関わらないわけにはいかないというのが、
「人」として生まれてきたということなんですよ。
そう考えると、今までひとりでいるよりも、人が関わった時に、とても速やかに目的がクリアできた経験もたくさんあったことと思います。そういう経験を重ねていくと、人と出会ったときには「あの人すごくいい人だわ!」と思われたいのが、社会人としてまっとうな感覚です。
人間関係において、好印象を残したいよねって。
その好印象が、次のまだ形にはなっていないけれど、何らかの幸せに繋がるわけじゃないですか。
そういう意味で、社交というのは、人として生まれてきたからには、何をおいても大切なことなんです。